生き物たちは3/4が好き


タイトル 「生き物たちは3/4が好き」 - 多様な生物界を支配する単純な法則 -
原  題 In the Beat of Heart : Life , Energy and the Unity of Nature
著  者 ジョン・ホイットフィールド(John  Whitfield)
訳  者 野中香方子
出 版 社 科学同人
発 売 日 2009年1月29日
ページ数 346p

 図書館で、新刊書の案内の棚に「生き物たちは3/4が好き」という本を見つけました。「もしかして、あの本では?」と手にとって見ました。予想通りかって読んだことがある『「ゾウの時間 ネズミの時間」 - サイズの生物学 - :本川達雄中公新書』の「動物の標準代謝は体重の3/4に比例する」という話で、本川氏の本では、この時点では、まだ理論化されていませんでした。
 本川氏は「なぜ3/4乗なのかの、よい説明がない、説明できなければ学問ではない、という考えは、ごもっともだと思うけれど、理屈をこねない学問も、もう少し幅をきかせてもいいのではないかと、私は感じている」と述べています。科学者の言葉としては少しまずいのではないかとは思いましたが、あの時点ではまだ地図に無い領域を探検していたのかも知れません。というのも、科学を支えてきたのは理詰めの研究だけではないからです。
 さて、本書の英文の原題は「In the Beat of Heart : Life , Energy and the Unity of Nature」で、日本語では、「心臓の鼓動のなかに:生命、エネルギーそして自然の統一」とでも訳すのでしょうか。内容は日本語で付けられた表題でも良いと思いますが、英文の直訳では売れないかも知れませんね。

 本書は英国のサイエンス・ライターのジョン・ホイットフィールド(昆虫進化で博士号、 Nature の元 Editor )の生態学に関する啓蒙書で、生物の多様性を解明するために物理学の統一理論のような普遍的な法則を見出すことに生涯を費やした研究者達のドラマで、彼のデビュー作でもあります。
 著者は本書を書くにあたって、ロンドンの大学へ出かけていって自分の「代謝率」を測ってもらったり、中南米の森林に出かけて行って、そこで生態学者たちと合流し「森の生態環境」を調べるなど、文献をあたるだけでなく、自分が行なったフィールドワークも交えながら本書を執筆しています。
 私の興味の中心は、はたして「代謝率は体重の3/4に比例する」という規則が、理論化されているかどうかでした。
 本書の中心テーマは「代謝率」です。読む前に前知識として頭に入れておきたいことがあります。それは、標準代謝(本書では安静時代謝率あるいは単に代謝率)とは、生き物が安静にしている状態でのエネルギー消費で、活動している場合には標準代謝のエネルギーに、活動に要するエネルギーが加算されます。本書で議論しているのは安静時の代謝率のことで、活動時のエネルギーについては深く言及していません。
 章を追ってみてみましょう。

 1章は、物理学と数学の手法と概念を取り入れて、生物学の新しい基礎を築こうとしたダーシー・トムソン(1860〜1948)の話から始まります。トムソンは「生物物理」の先駆者とも言われていますが、1917年トムソンは自らの考えを「成長と形」(邦訳は「生物のかたち」:東京大学出版会:柳田友道他訳)で一冊の本にまとめています。当時、「ネイチャー」誌は、それをダーウィンの著作に並ぶ「堂々たる名著」と絶賛しました。
 私もこの本を「ゾウの時間 ネズミの時間」を読んだ直後に購入して読んでみました。読み終わっての正直な感想は、自分の信じる研究を根気強く続ける一匹狼的な科学者で、生物界では異端児と見なされていただろうなというものでした。

 2章では、例外の多さから、ベルクマンが指摘したような自然界のパターンは、容易に反論されてしまいます。そして、ある傾向とその例外との隔たりをめぐって、「パターンを見出そうとする統合派」と「差異に注目する細分派」の争いが繰り広げられていました。
 そんな時代に、M..ルーブナーが出てきます。彼の理論は「体表面の法則」として知られています。すなわち、代謝率は体積(生き物は殆ど比重が1ですから体重と考えても良い)の2/3に比例すると考えました。体積の1/3乗は「長さ」で、その2乗は「面積」ですから、「代謝率は面積に比例する」、すなわち「代謝率は体積の2/3乗に比例する」という考え方は私たちには、直感的に受け入れ易く、数学的にも納得できるものでした。

 
3章では、1920年代の後半は、代謝に関するM.ルーブナーの体表面積の法則はドグマとなっていました。関連する研究の多くは、代謝率に関係があるのは体表面積だけだと見なし、体のサイズや身長は無視し、しかもこの法則に一致しない結果が出た時は誤りとして棄却されるのが常でした。しかし、変則と見なされる値が蓄積されるにつれて、代謝と体表面積に関する研究は疑問視され始めます。
 
体表面積の測定が非常に難しかったことから、M.クライバー(1893〜1976)は1932年に代謝率を体重で表すことを考え、代謝率は体重の3/4に比例するということを見つけます。しかし、もし答えが3/4だとすれば、それは「どこから出てきた数字か」が問題になりました。
 著者は、ルーブナーの法則は確かに誤りであったものの、それが呼び水となって多くの思索や議論、そして実験が生み出されたことを思うと、結果的には幾多の正しい理論よりもはるかに有益で影響力があったと述べています。 
      
 4章では、クライバーは自らの規則の理由を説明するよりも、その有用性と正当性を説くことに励んでいたようで、彼自身は論理的な説明が必要だとは考えていなかったようです。また、他の研究によって、クライバーの規則はアメーバなどの単細胞の微生物にもあてはまることが判りました。つまり、最大で20桁も大きさが異なる動物がすべて、クライバーの直線上にその居場所を見つけたというわけです。
 ただ、全ての生き物が同一直線上の乗ったわけではなく、恒温動物、変温動物、単細胞生物とグループごとに直線が変わり、散らばりも多くなります。ところが種の数を増すほど霧の中から全体像が現われ、その勾配が3/4だというのですから不思議です。
 1960年代半ばにはほとんどの生物学者がクライバーの規則は体重と代謝の関係を正確に表していると信じるようになっていました。とはいうものの、科学は多数決ではないにも拘らず、彼らが信じるようになったのは、それについて投票を行った結果によるものだとも言われています。

 5章は、実は、ここは私が一番読みたかった章です。
 生物学は21世紀の科学にとって20世紀における物理学のような存在になるだろうと予測され、この頃から物理学者の生物学への参加が顕著になります。
 1990年代の初頭、ロス・アラモス国立研究所の物理学者のジェフリー ・ ウェストは、ダーシー ・ トムソンと同じく、彼も真の科学はすべて数学的表現に基づくべきだと考えた一人でした。ウェストはフラクタル幾何学を導入すれば3/4乗は説明できると考えました。つまり、ウェストは代謝率を資源(栄養や酸素)が血管系を通って細胞に供給される速度と見なし、代謝率の背後にあるスケーリング則、つまりクライバーの規則は、動物のサイズが変わるにつれてこの供給ネットワークの構造が変化する結果だと推理しました。
 彼はさらに「血管がどんなに速く資源を送り込んでも、細胞が消費し切れなければ意味はないし、一方、細胞がどれほど活発にエネルギーを消費しようとしても、輸送ネットワークの運べる限界を超えていたら、それはかなえられない」と考え、うまく設計されたネットワークは、迅速かつ経済的に資源を配送すると考え、物理学でよく言われるポテンシャル・ミニマムの考えを取り込んで、最小限の時間とエネルギーで配送が行われるように最適化手法の導入を考えました。
 ウェストの他に、ブラウンやエンキストも加わって完成したモデルは、「一種の抽象化であり、その答えは生物システムの洞察から生み出されたものではなく、物理学の法則から導き出された工学的解答である」と生物界から反感を買ったようですが、もし ダーシー ・ トムソンがこのネットワーク・モデルを知ったら喜んだはずだと著者は言います。
 百家争鳴の様相を呈するこの分野でも、ウェスト、ブラウン、エンキストのモデルは現時点で最有力候補になっているようです。

 以下、6、7、8、9、10章は上記に絡んだ様々なマクロ生態学の取り組みが紹介されています。

 最終章の11章「エピローグ」でも再びダーシー ・ トムソンが登場します。著者は、終章に収めるにふさわしい、全てのまとめになるような資料やエピソードや経験を見つけたい気持ちで、セント・アンドリュースにあるダーシー ・ トムソンのかっての住まいを訪れます。
 著者はダーシー・トムソンの資料を見ながら、「生物学者が取り上げたどのアイディアもいまだに異論が絶えず、どの疑問にもありとあらゆる答えが挙げられるというのに、ただ一つの結論が得られようはずもない。また、世に出された理論は、異議を唱えられ、改良され、やがてその座を追われることが運命付けられている」と述べて本書を閉じています。
 著者が、1章の「プロローグ」と11章の「エピローグ」にダーシー ・ トムソンを二度登場させたのはなぜでしょうか。一般に、科学の評価はたいてい当代の有力科学者達によって決められるため、真の先駆者はしばしば全く認められないという仕打ちを受けます。特に、時代の流れに逆らう考えの持ち主は、次世代まで長い間棚上げされ、評価を受けるまでに何十年という期間を待たなければならないという意味で、トムソンの登場は余りにも早過ぎたのではないかと筆者は言いたかったのかも知れませんね。

 なお、ウェブサイト(http://www.inthebeatofaheart.com/)には本書の話題に関する参考文献が多数紹介されており、ブログもあります。最初のページの一番下の欄に、著者の自己紹介があります。英語の得意な方にはお勧めです。

 以上、一般向けの啓蒙書のため数式が全く無いのでフラクタルを応用するあたりがよく判リませんでした。生物の世界に、物理学の統一理論のような普遍的な法則を見出そうとして奮闘する生物学者たちの一世紀にわたる物語でしたが、これからの理論生態学は生態系の多様性や分布のパターンを、生命を構成する「エネルギー」(つまり、代謝)と「情報」(つまり、遺伝)という観点から考えていくことが必要なのかも知れませんね。

 生物学者は、数学を取り入れることで、生き物を質的に論じるだけでなく、量的に測定、予測して厳密な理論を発展させることが出来るようになりつつあります。生物学はまっすぐ進歩してきたような幻想を抱きがちですが、決してそうではないことが本書からも判ると思います。こういう話を知ると、生物学の敷居もぐっと低くなりますね。
 生物学を目指す若い諸君には、本書とダーシー ・ トムソンの「成長と形」(邦訳「生物のかたち」:柳田友道他訳:東京大学出版会)を合わせて読むことを勧めます。単なる博物研究としての生物学ではない、今現在の生物学をこれらの書から読み取って欲しいと願っています。 

2009.10.11


私が行ったシミュレーション結果
Coffee Break

 さて、「ゾウの時間 ネズミの時間」を読んで「本当にそうなのか」を手持ちの知識で取り組んだらどうなるか挑戦してみました。私自身、「生物」は高校時代までしか習っていないので、「生物学のその後の発展がどのようなものであったか」についてはほとんど理解していません。
 高校の生物図録などを開くと、いたるところに「体熱は体の表面から逃げるので、体温維持のためのエネルギーは体の表面積に比例し、活動のためのエネルギーは組織の量に比例すると考えれば、体重に比例する」と書かれています。
 ところが、「ゾウの時間 ネズミの時間」では色々な動物で標準代謝(体温維持のためのエネルギー)を測ってみたら直線の傾きが3/4になったから、体表面積の法則は成り立たないことになったと結論付けています。

 本川氏の本を読んでも何故そうなのかが判らず、何か騙されたようで納得できませんでした。
そこで、
(1)動物は、小さくなるにしたがって体重に比べ、表面積が大きくなる。
(2)体重60kgの人間がかなりの肉体労働をする場合、1日に2400kcalのカロリーが必要である。1日中寝て暮らすのであれば、1200kcal、つまり基礎代謝量は半分ですむ。
という、これだけの知識を使って、高等学校の生物や物理のレベルで、安静時の代謝率と活動時のエネルギーが生き物の大きさが変わった場合のエネルギー消費の話を何処まで追いかけられるか試してみたわけです。

 経験的な法則は大抵の場合当てはまる範囲が狭いという欠点があります。生き物によく用いられるものに、前述したような経験則があります。すなわち、
(1)「熱を作り出す能力は組織の量に比例するので、それは体積(体重)に比例する。
(2)逃げていく熱量は表面積に比例する」
というものです。(2)は、ベルクマンの規則(法則ではありません)として有名ですが、例外も多いとして議論がそこで止まってしまい、読者は消化不良を起こしてしまいます。すなわち、面白いなと思っていると、突然梯子を外されておいてきぼりをくうわけです。
 例外はあるにしても、この考えをどんどん押し進めて行けばどんな結果にたどり着くかについては述べられていません。
 中学や高校で習う生物のように科学的事実の羅列はつまらなくても、一貫性のあるストーリーになると人は無性に興味をそそられるものです。間違いを恐れていては少しも先には進みませんので、強引にそれをやってみたのが「生物のかたち」と「温血動物は昆虫のように小さくなれるか」です。

 その結果、高校の教科書にも書いてある代謝率は体重の2/3に比例し、活動のエネルギーは体重に比例するとして計算すると、「代謝エネルギー+活動エネルギー」は体重の3/4(≒0.756 図中xの累乗))に比例するという結果が得られました。うまくまとめた積りでしたが、これは正しくなかったようですね。


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