サイズの生物学

 過去に購入した本の読み直しをやって楽しんでいます。「地球の哲学」に続いて、「ゾウの時間ネズミの時間」(中公新書:本川達雄著)を取り上げてみましょう。この本が出版されたのが1992年ですからもう11年もの月日が流れています。

 「自分で考えてみよう」のコーナーで弾性相似則を使って、「昆虫は、ある一定以上の大きさにはなれない」とか、「動物は、ある大きさまでしか小さくなれない」という話をしましたが、それで本当に実際の現象を説明できたのかで今悩んでいるところです。
 さて、「ゾウの時間ネズミの時間」はあまりの面白さに一気に読んでしまったのを思い出します。読み終わって引っかかった部分が幾つかありましたが、これをリストアップしておきましょう。
哺乳動物では
@「時間は体重の1/4乗に比例する。
Aどの動物でも一生の間に心臓は20億回打つ。
 息を1回スーッと吸って、ハーッと吐く間に、心臓は4回ドキンドキンと打つことになるので、
Bどの動物でも一生の間に息は5億回吸う。

などです。
 
 本当にそうなのかどうか、Aについて私自身の心拍数から求めてみることにしましょう。私の1分間の心臓の鼓動は平均60回程度です。私が70歳まで生きることが出来るとして計算すると、私の心臓が一生の間に打つ鼓動=60回/分×60分/時間×24時間/日×365日/年×70年=22.08億回 となり、まあ、オーダー的にはこれで良いのかも知れませんね。
 若い頃からニュートン力学に慣れ親しんできた者にとって@の結論は理解し難いものでした。しかし、すごい結論です。この問題については、「何時かは真剣に考えなくてはならないな」と思っていたもので、中途半端ではありますが、本書を読み直したのを機に考え方をまとめておくことにしました。
 ただ、著者は、「こんなに広く、どんな動物にも当て嵌る経験則は、生物学を見渡しても滅多にお目にかかれるものではない。何故1/4乗に比例するのか良い説明はないが、理屈をこねない学問も、もう少し幅を利かせてもいいのではないか」と述べています。
 学者としては、随分乱暴な発言だなとは思いましたが、勇気がいる発言でもあります。この法則は、時間さえあれば大きくなり、時間がないとちょこまかするということになりますが、どうも、1/4乗に比例するとは考えにくいなあと思ったまま、本棚にしまっておいたものです。

 今回は、@についてのみ考えてみることにします。時間は、体重の1/4乗に比例するという説には、色々説明があるようですが、まだ決定的に納得できるような説明はなされていません。とはいうものの、このままではどうも落ち着きません。
 このコーナーの入口(イントロ)のところで、「生物学者の中には、生物の世界に工学的手法を持ち込むと、無力になる。すなわち、クリエイティブ(Creative)でなくなるということをいう人達が沢山います」と書きましたが、かって、生物学の世界で「物理学帝国主義」という言葉がはやったことがあります。それは、「生物学」を「数学」や「物理学」から発想し、これで「生物学」を支配しようというのはまさに帝国主義であるという意味です。
 私などは、物理学というのは、どちらかといえば複雑さの背後にある単純さを見ていく方法論に立っていると思っていますが、本書を読むと、「数学」や「物理学」からの発想が少し揺らいできます。
 この書を読み進めていくと、ニュートンなどによって近代科学が整備される以前のガリレイあたりの本を読んでいるような気分に陥ってしまいます。
 そこで、ない知恵を絞って少し考えてみましょう。

 まず、私たちの生活の中で、「時間は我々の生活内容の如何に関わらず、それに関係なく過ぎ去っていく」と思っている人がほとんどではないでしょうか。話を簡単にするために、今回の議論も足場を相似模型に求めてみましょう。
 動物同士や人間と動物の間に相似則は成り立つのでしょうか。
(1)動物も人間も同じ進化の過程をたどっている。
(2)同じ太陽の恵みを受けている。
(3)同じ地球の重力場で生活している。
などから考えて、その新陳代謝や生理機能、幾何学的な形状について大雑把に考えれば、相似性があるのではないかと推測できます。それが証拠に、哺乳動物の骨格は形こそ違え、私達の骨格と基本的には相似です。
 本サイトでもよく使っているように、私たちは「何らかの相似性を基にしないと自然を理解できないのではないか」と常々思っています。自然科学というのは自然の中に何らかの法則性(相似性)を見つけることにあるからです。すなわち、時間と空間の関係は、何時も相関関係にあると考えた方が実際的だからです。
 話を分かりやすくするために、まず幾何学的相似模型を考えることにしましょう。この場合、模型が原型と幾何学的に相似であることは勿論必要ですが、相似模型は幾何学的相似だけでなく、模型現象に含まれるすべての変数(応力、加速度、重力など)が原型と相似でなければなりません。
 通常、相似比というと長さの比を指しますが、その他に、それぞれの相似比は対応する物理量の比でもあります。したがって、相似比の数は対応する物理量の数だけある訳です。

 目的に応じて、何の相似を重視するかによって相似の形が異なってきます。

@幾何相似
 モデルと実物との対応は、常に一つのスケール比に等しい場合を指します。

A機械相似
 まず、幾何学的相似を前提にして、
・力がゆっくり働く力学(静力学)に関するものは、変形後も幾何相似を保つことが必要です。
・運動力学に関するものは、対応時間に対応点が幾何相似的な動きをすることが必要です。
・動態相似の場合は、対応力が相等しいことが必要です。

B熱的相似
 まず、幾何学的相似を前提にして、
・動きを伴えば運動相似であることが必要です。
・ただし、輻射、対流、伝導、物流による熱移動全てを相似させることは不可能です。その場合は相似則を緩和します。

C化学相似
 まず、幾何学相似でを前提として、
・熱相似の上に、
・動きがあれば機械相似も前提とし、対応濃度さが一定比を持つことを必要とします。

などを考えなければなりません

考え方1.

 この問題では、模型と原型(ネズミとゾウなど2者の相対関係を調べます)は幾何学的に相似で材料は等しいと考えます。
 まず、応力や慣性力などを考えない物理法則でスパーリングを始めてみましょう。現象を支配する法則は、哺乳動物の熱の問題と扱ってみます。つまり、熱伝導と蓄積した熱による体温上昇として捉えてみる訳です。
哺乳動物に伝導される熱量は

Qk=kAθt/L→A=L2 より→=kLθt

哺乳動物に蓄積される熱量は

Q=cρVθ→V=L3 より→=cρL3θ

ここに、k は熱伝導率,A は面積、θ は温度、L は長さ、t は時間、c は比熱、ρ は密度、V は体積。これらから、パイナンバーを求めれば、

π=Qk/Qc=kt/(cρL2) を得る。

哺乳動物は大きさが変わっても物性(材料)は同じと考えられるので、c=cn、ρ=ρn、k=kn

t/L2=tn/Ln2

したがって、 t/tn=(L/Ln2

さて、幾何学的に相似であれば、L/Ln=(W/Wn1/3 が成り立ちます。

 ここに、Wは哺乳類の体重とすれば

 ご覧のように、時間は体重の2/3乗という本書とは違う結果が出てきます。どこがおかしいかというと、体にかかる力や運動を無視したために出てきた結果だからです。このように、現象を間違って解釈してしまうと、それに続くプロセスが如何に正しくても、その間違いを訂正することはできません。

考え方2.
 そこで次に、別のアプローチを試みて見ましょう。今度は、体に出入りする熱の移動などは一切考えないことにします。さて、哺乳動物は、

@物を押したり、引っ張ったりすることにより体が変形しますから、応力と歪の関係に支配されます。
Aまた、外敵に襲われ急に逃げたりするため、急速に加速する必要から慣性力も重要です。
Bさらに、飛び跳ねたり、上下方向の運動も無視できないので、重力の影響も考えなくてはなりません。

 したがって、ここで支配的な物理法則といえば、次の三つを考えればよいでしょう。

応力による力   Fσ=σL2

重力         Fg=W

慣性力       Fi=(W/g)・(L/t2)=(W/g)・(v2/L)

ここに、σ は応力、L は長さ、W は重さ、t は時間、v は速度、g は重力加速度とします。

ここで、重力と応力でパイナンバー(無次元量)を作ると

π1=Fg/Fσ=W/(σL2

 単位面積あたりの骨の破壊強度は動物の大きさによらず、ほぼ一定であるということが実験でも分かっているので、強度全般についても強度は同じと考えれば、

σ=σnとなります。

したがって、

π1については

W/(σL2)=Wn/(σnLn2)より

W/Wn=(L/Ln2

つまり、L/Ln=(W/Wn1/2  ・・・ (1)

となります。一方、慣性力と重力でパイナンバー(フルード数といいます)を作ると

π2=Fi/Fg=v2/(gL)

が得られます。これより

2/(gL)=vn2/(gnLn

となります。動物達は同じ重力場で生活していますから、g=g’となります。したがって

v/vn=(L/Ln1/2

v=L/t より

t/tn=(L/Ln1/2 ・・・ (2)

となり、(2)式に(1)式を代入すれば、次式が得られます。

 上の式で、nがついたものとつかないものは、それぞれ大きさが異なる動物を表しています。これらの式は、たとえば重さがWのネズミから、重さがWnのゾウの挙動を弾性相似則を使って予測しようとする考え方です。建物でいえば、数百メートルもある高さの建物の挙動を、数メートルの模型で実験して実物の挙動を予測する場合などによく用いられます。
 これで「ゾウの時間ネズミの時間」に記されている「時間は体重の1/4乗に比例する」という式を導くことが出来ましたが、さてこれでよいのでしょうか。
 式(1)は、幾何学的相似からみれば

L/Ln=(W/Wn1/3でなくてはなりません。

それが、式(1)によれば、1/2乗になっています。
 大型の動物達が重力に対する対策を十分行なっていることを考えると、もしかすると動物達には式(1)が当てはまるのではないかと疑ってしまいそうですね。
 模型実験では応力を合わせようとすれば、式(1)を満足する必要があるわけです。そこで、たとえば、ネズミの挙動から、ゾウの挙動を模型実験で知ろうとするには、相似則を少し緩和してやらなければなりません。ふつう、模型は幾何学的には相似に作っておいて、式(1)を満足するように、長さLを変えないで、重量Wにダミーウェイト(みかけのおもり)を模型(つまりネズミ)に均一に貼り付けることでこの問題を解決します。
 そうすることによって、@〜Bによって支配される現象を満足させると同時に、ネズミの挙動を調べることによって、ゾウの挙動が予測できるというわけです。すなわち、幾何学的相似だけでは、ネズミの挙動からゾウの挙動を予測することは出来ないということを意味します。
 問題は、あらゆる大きさの哺乳動物に当てはまる相似則はないということです。ネズミの後ろ足はいわゆるドッグレッグの形をしていますが、ゾウの後ろ足は真っ直ぐ棒のように伸びているように、その体型から見ても、全く同じ形を保ったまま大きさが何倍にもなるということは考えられません。このことは、幾何学的に相似でないと、相似則は全ての現象解明には有効ではない場合もあるということを意味します。
 幾何学的に相似の場合、長さがn倍になると、面積はn2倍、体積つまり重さはn3倍(質量密度が同じなので)になります。幾何学的に相似であれば、体に発生する応力も元の大きさのものと同じはずですが、実際には応力(σ)=重さ(n3)/面積(n2)=n となり、元の大きさのn倍の応力が発生するため、足の断面積などはn2のn倍にしなくてはならず、ゾウやカバや恐竜のように太い足にならざるを得ないわけです。これは重力の作用する方向の相似則に関する問題点でもあるわけです。
 もう一つは議論がここで止まってしまうことです。というのも、本書には生のデータがほとんどなく、あったとしても図表化されて、一度著者のフィルターを通っているため、著者の議論の方向へ引きずられていき、あまり役に立たないからです。したがって、これ以上本書について考えてみても、意味がないのでここで終わりにします。
 しかし、今生きている生き物でも、大きい動物も小さい動物も同じ材料で出来あがっているという点は面白いですね。進化の過程で大型化するにつれて、骨よりももっと強度のある材料を見つける方向には進化しなかったというのも興味があります。

アノマロカリス

 カナディアン・ロッキー山中のバージェス頁岩層から古生代カンブリア紀の化石が発見されましたが、化石から出てきた奇妙奇天烈な生物の新種達は「すごい!」のひとことでした。
 アノマロカリス(奇妙なエビの意)の骨を数ある化石断片の中から選び出し、今分かっている形(左図)に辿り着くまでの思考過程は本当に刺激的(exciting)でしたね。掘り出された種々の化石の中から一定の仕方で、秩序立てていって現在想像されているアノマロカルス像に至ったことを思い起こせば、雑然たる素材の提出は「学問の出発点」といえるでしょう。 というのも、あまり完成度の高い学問体系では、若い人達にとっては思考の対象にはなりにくい「雲の上の存在」でしかないからです。
 私たちの周りにある現代の学問は、舞台裏から見れば、「海のものとも山のものとも判らない情報の中から悪戦苦闘して、アノマロカリスの場合がそうであったように、時には大きく間違いながら手探りで一定の秩序を形成してきた」というところがあります。そういう意味で、このどろどろした原初形態を想起させる「ゾウの時間ネズミの時間」は若い人達の前にそのまま提示する意義は決して小さくないと思っています。本書に類似したものとしては、D.トムソンの「生物のかたち(柳田友道他訳:東京大学出版会)がありますが、若い諸君はもう読んでみましたか?
 確かに理屈では説明できない「サイズの生物学」ですが、それが理論武装して、「これが生物学の基礎知識ですよ」といわれるようになるのは何時のことでしょうか。
 それにしても、「そうなっている」ことと「何故そうなのか」との間の乖離はあまりにも大きいものがありますね。

2004.2.11