アラマタ図像館
18世紀の三大蝶譜について
 


 イタリアのボローニャ植物園の園長であるアルドロバンディの「昆虫誌」は1602年に刊行されています。「古いなあ」という印象しかありませんでしたが、学生時代に国会図書館で初めて見たエーレトやメーリアン(女性)の昆虫画は強烈そのものでした。以来、彼らの断片的な画像を見るたびに、もう一度、作品全体を見てみたいなと思っていました。

 1999年の年末、何気なく覗いた京都の本屋で、待望の本を発見したのです。「まさか」と思った文庫本のコーナーにアラマタ図像館6「花蝶」荒俣宏(写真下)とあるのを発見。「何だろう」と手に取って見て驚きました。メーリアンの「スリナム産昆虫の変態」、エーレトの「花蝶珍種図録」、ハリスの「オーレリアン」と、18世紀蝶類図鑑の三大傑作が一堂に集まったものを見つけたのです。これらが文庫本の形で一冊にまとめられ、しかも770円という格安の値段で入手出来たのですから、これはもう幸運というほかありません。今も、この文章を書きながら図鑑を眺めているところです。

アラマタ図像館 「花蝶」 荒俣宏


 メーリアンは、ヨーロッパ版「虫めずる姫君」で、すでに、30歳で「ヨーロッパ産鱗翅類」を刊行しています。スリナムでは、蝶の幼虫を飼育して羽化させ、その変態の様子を食草と共に美しく描写した最初の画家といわれています。「スリナム産昆虫の変態」の特徴は、卵から幼虫、蛹、成虫と、その成長段階を一つの図の中に表現していることです。そして、これが多くの点で、博物学図鑑のスタイルを決定的に変えたといわれています。
 「スリナム産昆虫の変態」はメーリアンの名を不朽にしましたが、ファーブルの「昆虫記」が出版される150年も前の話ですから、その観察の鋭さは驚異的でさえあります。
その原画は高額で売れたそうですが、当時、蝶の成虫は自然発生すると考えられており、変態を描いた彼女は魔女呼ばわりされたそうです。

 二人目のエーレトはもともと植物画家でしたが、絵の売れゆきが増えてきたため、蝶を書き加えることを考えました。ただ、解説文には蝶についてのデータはなく、装飾的に描かれていますが、蝶そのもののリアリティは見るべきものがあります。この花蝶画は、イギリス、ヴィクトリア王朝時代のウェストウッドやハンフリーズの蝶図譜に影響を与えたといわれています。

 さて、最後のハリスですが、この人は昆虫の採集家、研究家であるとともに、銅版画家でもありました。彼の傑作「オーレリアン」は、今日でもなおイギリス最高の蝶類図鑑といわれています。

 私の手元にあるドイツやノルウェーで購入した6冊の本のうち、Schmetterlinge-Tagfalter(BERTELSMANN RATGEBERVERLAG、1972年)の図鑑は、卵はありませんが、幼虫、蛹、成虫、食草をメーリアンと同じように、時間軸を真横から眺めて時間を無視する手法を使って、成長段階を一つの図の中にうまくまとめています。
 我々は、自然を時系列でしか考えませんが、このように、視点を変えて観察のパラメータを減らしたり増やしたりして観察する姿勢はとても大切ですね。

 いつも、求めるものがあって、アンテナを張っていれば、求めるものはこの本のように、自然に向こうからやってくるものですね。