遠くからは聞き取りにくい虫の声


1.虫の音

秋の虫(ポンチ絵) 夏から秋のかけての虫の声の競演は楽しみの一つですね。虫たちの大合唱(虫時雨(むししぐれ)といった方が風情があっていいですね)の中から、お目当ての虫の声を探し出すのも楽しみの一つです。さしあたりカンタン、クサヒバリ、スズムシ、マツムシ、カネタタキ、コオロギ、うるさいところでクツワムシなどが秋の七草ならぬ七鳴虫に選ばれるのでしょうか。彼等(鳴くのは雄のみです)の歌は、あるときはセレナーデ(恋歌)、あるときはテリトリーソング(縄張り宣言)といわれています。鳴き方も、温度や湿度さらに光度などによっても影響を受けるようです。

さて、これらの虫の声ですが、一般に、発音体が小さければ高い周波数の音の成分が優勢になりますが、これは物体の共振周波数がその寸法に反比例するからです。

 何故かというと、大きさの違うものを比較する場合に、物理の世界では、パイナンバーという無次元量を使うことがあります。たとえば、周波数に関するものに、
   

   
     (f :周波数、:寸法)

があります(相似則)。これより、0 の大きさのものが出す周波数が01 の大きさのものが出す周波数が1 とすれば、これらの間に、
   


の関係が成り立ち、周波数は寸法に反比例するということがわかります。

 虫が音を出す原理は、翅を擦り合わせて鳴くことから弦楽器に近いわけですが、上の式からも分かるように、小さい楽器は高い音域を持ち、逆に低い音域の音を出すには大きいサイズが必要です。バイオリンはビオラより、ビオラはチェロより高い音域を持っているのは皆さんご存知ですね。
 さて、高い周波数の音は、空気中での減衰が大きく、遠方まで伝わらないという性質があります。秋に鳴く虫の声が聞き取りにくいのはこのせいなのです。これは色の場合も同じで、夕日が赤く見えるのと同じ原理です。

 夕日が赤く見える、すなわち夕焼けが起こるのは、大気中に含まれる水蒸気や細かい塵(ちり)などに太陽光線が当たり、波長の短い紫色に近い光が散乱されて、私たちの目に届く前に失われてしまいます。一方、比較的波長の長い赤に近い方の色だけが私たちの目に届きます。昼間はそれほどでもありませんが、太陽が地平線に沈む夕方には、太陽光線は非常に長い空気の層を通ってくるために、日中より水蒸気や細かい塵の影響を多く受け、紫系の色を沢山失って、赤系の色が目立つから夕焼けは赤く見えるわけです。

 これを音の波長でみてみましょう。
    

  
 (λ:波長、v :音速、 :周波数)
 
 これより、 は音速で温度が一定ならば変化しませんから、前記のように虫が発生する音の周波数は虫の大きさに反比例することから、小さい虫ほど周波数が高くなり、f →大となり、波長が短くなって(λ→小)虫の鳴き声は途中で減衰してしまい、遠くまで伝わらないことになります。すなわち、虫の声はかなり近くに行かないと聞こえないのはそのためです。秋の鳴く虫が近くまで行かないと聞こえないのは皆さんも経験済みだと思います。

 ところで、カンタンという虫をご存知ですか。鳴くのは雄だけですが、翅には複雑な模様があり、雌よりも翅は大きく、「鳴く虫の女王」とも言われていますが、鳴くのは雄ですから「鳴く虫の王」ではないのと文句をつけたくなります。
 カンタンは我が家から100m程離れた河原の土手にも沢山棲息しています。体長は1cmばかりで、ルルルル・・・、リリリ・・・あるいはリュリュリュ・・・など人によって聞こえ方が異なるようです。

 少年時代に興味を持っていた鳴く虫は、クツワムシやスズムシぐらいでしたが、10年ほど前に知ったのがこのカンタンです。その鳴き声に興味を引かれ、少し他の鳴く虫にも興味を持つようになりました。
 発生時期は8月の中頃から、9月の上旬が最盛期です。このカンタン、鳴き方は何の抑揚もなく単調なのになぜか我々の心を捉えます。カンタンの鳴き声が好きという人は多いようですが、とくに年輩者に多いというのはどうも虫の声に原因がありそうです。

虫の名 鳴く音の周波数(Hz)
カンタン 2000(2KHz)
スズムシ 3,900〜4,500(3.9〜4.5KHz)
コオロギ 10,000〜20、000(10〜20(KHz)
キリギリス 9,000(9KHz)

 一般に、普通の人の可聴周波数(人間の耳で確認できる周波数の範囲)は20ヘルツから20,000ヘルツ(c/s、Hz、ヘルツ:つまり1秒間の振動数、以下Hzと記す)ですが、年をとるにつれて高い方の周波数の音が聞き取りにくくなります。とくに、老人などでひどい人は可聴周波数の上限が500Hz〜1kHzという人もいます。
 人の可聴域が20kHzまでであるのに対して、犬が50kHzまで、猫が65kHzまで、コウモリが120kHzまで、イルカでは150kHzまでというから驚きです。
 虫の声は周波数が4kHz以上と高いものが多く、若い人の耳ならともかく、老化し始めた耳には聞き取りにくいようです。ところが、カンタンだけは鳴く虫の中でも周波数が低く、2kHz前後なので年を取った人の耳にも良く聞こえるわけです。これがカンタンが年輩者に人気がある所以かも知れません。 なお、どこにいるかを見つける場合、何キロヘルツという高い周波数の音は方向がわかりにくいので、手のひらを丸くして耳たぶを前に押しやると、音がはっきり聞こえるようになり、方向も分かりやすくなります。一度やってみてください。参考までに秋に鳴く虫の周波数を表にしておきましょう。
 
2.耳と周波数
 次に、耳と周波数の関係についていくつか挙げておきましょう。
 人の話し言葉の主成分は1kHz前後にあります。生活音に消されても聞こえる音というのも1kHz前後です。ところが、目覚まし時計の音の周波数は2〜4kHzです。目覚まし時計で最も多い周波数は2kHzが中心だそうです。
 このところ、老齢化社会の入り口の年ということで、産業界でも色々な見直しがなされています。まず、目覚まし時計の周波数の上限は2.5kHz以下にしようという動きが業界の中に起こっています。その他洗濯機のブザー音やお風呂の音など音で何かを知らせる装置はその周波数の見直しが盛んに行われています。

 さて、サイレンを鳴らしながら通る救急車に、犬たちが遠吠えするのを聞かれた人は多いと思います。我が家の犬たちも例外ではありません。時には近所の犬が何匹も呼応して遠吠えをする光景に出会った人もいるでしょう。実は、犬の声紋を調べると1kHzあたりにピークがあります。彼らが仲間との交信や縄張りの宣言などに使う周波数が1kHzなのです。救急車のサイレンのピーポー音は、ピー音が960Hz、ポー音が770Hzで、犬たちには仲間からのサインに聞こえるのかも知れません。口笛を吹くと、犬は耳をそばだてますね。この口笛の音が、1kHzなのです。
 視覚障害者用信号機のカッコー音も、カッ音が1,220Hz、コー音が980Hzなので、この音を聞いても犬達は反応するかも知れません

 ちなみに、赤ちゃんの泣き声の周波数は3kHzです。年を取って赤ん坊の声が聞こえなくなるということは、「人間としての務めはもう終わったよ」というサインなのかも知れませんね。ちょっと、寂しい気もします。
 
 見える周波数というとピアノがあります。下図を見てください。音が目視できるように鍵盤に周波数を入れてみました。 


昆虫名 羽音周波数(Hz)
8〜10
バッタ 18〜20
トンボ 20〜30
ミツバチ 190
イエバエ 200
350〜600

 上の図は88鍵のピアノの鍵盤を押した時に出る音の周波数(c/s、Hz、ヘルツ)を表したものです。白鍵52、黒鍵36の皆さんの家にもある普通のピアノを例にとって説明します。最低音は27.5Hz、最高音は4186Hzになっています。
 上の図でピアノ鍵盤のOctave3の「ラ」の音を見てください。440Hzとあります。これが、現代の音階の定義で、他の音は、ここから相対的に決められています。つまり、1オクターブの音を対数グラフ上で12等分したものです。鍵盤を見ますと、「ド」「ド♯」「レ」「レ♯」「ミ」「ファ」「ファ♯」「ソ」「ソ♯」「ラ」「ラ♯」「シ」(♯は半音上げるの意味)で12等分になっています。1オクターブ上の「ラ」は880Hzです。つまり、1オクターブ上がるごとに周波数が2倍になるわけです。
 オーケストラの演奏開始前に、オーボエの音頭でチューニングが始まりますが、この標準音はハ長調の「ラ」で、その高さも440Hzです。
 皆さんご存知のように、時報の「ポッポッポッ(440Hz)ピー(880Hz)」はすべて「ラ」の音になっています。440Hz前後が蚊の羽音周波数に近かったわけですが、したがって蚊は「ラー・ラー」と羽音をたてていることになりますね。
 117番に電話して時刻を聞くことがありますが、ここで流れる「ポッ・ポッ・ポッ・ピー」の「ポッ」の音は500Hz、「ピー」は1,000Hzになっています。いずれも、生活音は1KHz近傍に集中していますね。

 上の表のように、トンボの羽音周波数は鍵盤では最も低い20〜30Hz近傍の「ラ」「シ」に当たります。ミツバチは190Hzで「レ」の音に近いですね。イエバエでは200Hzで「ミ」の近くです。虫たちは「ラー」とか「シー」とか「レー」とか「ミー」のように羽音をたてていたというわけです。
 
さて、人の声はどのあたりの周波数なのでしょうか。人の声の周波数は大体80Hzから1,100Hz(1.1KHz)だといわれています。ということは、ミツバチやイエバエや蚊の羽音の物真似は故江戸屋猫八さんや江戸屋子猫さんのように、我々人間にも出来るわけですね。 

種類 楽 器 周波数域(Hz)
弦楽器 バイオリン 190〜2800
チェロ 130〜700
打楽器 ティンパニー 85〜170
管楽器 ファゴット 60〜490
トロンボーン 80〜490
トランペット 160〜900
フルート 250〜2300
ピッコロ 500〜4200

3.楽器と周波数
  せっかくですから、代表的な楽器も見ておきましょう。弦楽器、打楽器、管楽器などで代表的な楽器をあげて見ました。これらの楽器の周波数の上限は4,200Hz(4.2KHzでピアノと同じ)あたりです。

  最近リバイバルで、LP盤のレコードの人気が上がっているそうですが皆さんご存じですか。LP盤のレコードでは人間に聞こえない20KHz以上(ピアノは28Hz〜4.2KHz)の音も含まれていたのですが、LP盤がCDに変わった途端に、人間には聞こえない周波数であるという理由で、20KHz以上の音をカットしてしまいました。
  これはそれぞれのスペクトルを見れば明らかで、CDでは20KHz以上の周波数成分が全く無くなっていますが、「聞こえなくても音質には影響があるんだ」と、当時は随分議論されました。CDとLPを聴いている時の脳波を調べたところ、LPを聞いているほうが、快適なときに脳に現れるα波のパワーが大きかったという実験結果もあるようです。
 
 実は「老人になると、高い方の周波数の音が聴けなくなる」と威かされました。高いと言っても8,000Hz(8KHz)だと言われ、ほっとしたのもつかの間、上記の話からすれば、やはり年をとると、若い頃に聴いた音楽とはまた違った世界の音を聴いているのかも知れませんね。
 ところで皆さん、NHKの海外ニュースや総合テレビと民放のテレビ放送を聞き比べてみて「随分違うなあ」と思ったことはありませんか。朝の時間帯にニュースを追ってチャンネルを切り替えることがありますが、民放のアナウンサーの声は随分高いように思います。昔、一緒に働いたことのある外国人に聞いたところ、日本のアナウンサーの声は甲高くていらいらするそうです。
  実際にアナウンサーの声の周波数分析を行ったところ、アメリカで162〜206Hz、日本では202〜276Hz だったそうです。英語と日本語の違いの差とも考えられますが、実際にNHK総合と民放のアナウンサーの声を比べてもよく分かりますよ。

4.雷の音
 音の話のついでに、雷の話をしておきましょう。雷の音は、空気中の放電現象による急激な温度上昇のため、空気が膨張して生じるものですが、ゴロゴロと低い周波数成分の大きい音に聞こえますが、もともと放電の音には、高い周波数の成分も少なくありません。すぐ近くに落ちる雷の音は「バリッ」というかなり高い音が含まれていますがそれが高い周波数にあたります。その音が遠くまで伝わっていく間に、高い周波数の成分は途中で減衰してしまい、ゴロゴロと低い音だけになるわけです。
 そこでこのことを利用して、雷がどのへんに落ちたのかを調べることができます。 ピカッと光ってから、音が聞こえ始めるまでの時間を測ればおおよその距離がわかります。
 光の速さは30万km/秒。
 音の伝播速度はv =331+0.6t(m/sは温度℃)。
気温が15℃の場合は v =331+0.6×15=340m/s すなわち、0.340km/秒ですから、光の速さ/音速=300,000/0.340=882,353。 すなわち、光の速さは、音の約90万倍ですから、数km先からの光の伝播時間は音に比べれば極端に速いので光が目に届くまでの時間は無視してよいでしょう。
 したがってピカッと光ってから6秒後に音が聞こえたとすれば、

S =v×=0.340km/秒×6秒=2.04km 

となり、約2km先に落雷があったと考えると良いわけです。

 実は、気象台でも雷を三種類に分けて観測しています。すなわち、「雷電」、「電光」、「雷鳴」の三つに分け、発生している時刻、方角、距離、強度も合わせて観測しています。一般には、距離も20kmを越えると、雷鳴は届きにくくなるようです。
 雷は西または北西の方向から、東または南東へ移動していくものが多く、西か北西の方向に雷光が見えたら要注意だと気象庁ではいっています。