虫が飛ぶということ


トンボのポンチ絵 空を飛ぶものには飛行機、鳥、蝶、トンボ、蚊などがありますが、それらはどのようにして飛んでいるのでしょうか。大きいものと小さいものでは、働く物理法則が違っているのでしょうか。そもそも、虫達は物理法則にしたがって飛んでいるのでしょうか。
 以下では、
○飛行機や大型の鳥をメートル単位のもの
○小鳥や蝶やトンボをセンチメートル単位のもの
○蚊などはミリメートル単位のもの
として表します。

 空気中を飛ぶ物体には、一般に、ニ種類の空気力が働いています。
その一つは空気を押しのけようとして発生する「慣性力」
もう一つは、翼(昆虫の場合は翅)の周りにまとわりつく空気を振り払おうとして発生する「粘性力」
の二つです。

飛行機の翼に働く力
飛行機の翼に働く力

 皆さんご存知のように、蜂蜜に箸を突っ込んでかき混ぜる時に力が必要ですが、これは蜂蜜に粘性があるためです。じつは、空気にもわずかですが粘性があります。
 このような、物体に働く空気力をその働く方向に分類すると、進む方向と直角で上向きの「揚力」と平行で後ろ向き方向の「抗力」とに分けられます。
 
 揚力は慣性力だけから発生し、抗力は慣性力と粘性力の両方から発生します。水平方向に一定の速度で飛ぶためには上下方向の揚力と重力が、また水平方向の抗力と推進力とが釣り合っていなければなりません。つまり、

 揚力=重力
 抗力=推進力

でなければなりません。
 これらが等しいということは、その場所に止まっているか、等速運動をしているかのどちらかであるということです。また、揚力=重力とは落ちないで空気中に浮いていると考えてもいいでしょう。

 具体的には、飛行機が定速で飛行しているときの前後、上下方向の力の釣り合いを考えると、揚力=重力(機体重量)また、推進力(エンジンの推力)=抗力となります。ところが翼が発生する揚力は,抗力に比べて非常に大きいので、ある重量の機体を飛行させるのに要する推力は非常に小さくてすむことになります。この程度を示す値が揚抗比(揚力/抗力)であり、長距離を飛行する民間輸送機などの性能を比較する場合の非常に重要な要素の一つです。通常のジェット輸送機では,この値は巡航状態で約18であり、この場合、重量Wの機体を飛行させるのに要する推進力は、重量Wの1/18でよいことになります。

 このように、揚力と抗力の比である揚抗比は、物体を引っ張る推進力の何倍の重さを空気中に持ち上げることが出来るかという、翼の性質を示す大事な目安になります。下式を見てください。

 揚抗比=揚力/抗力=重力/推進力

また、空気には次のような性質があります。

まず、おなじみの式を挙げておきます。
慣性力=質量×加速度
質量=密度×体積
加速度=速さ/時間
体積=長さ×長さ×長さ
つまり
慣性力=密度×長さ×長さ×長さ×速さ/時間

 メートル単位やセンチメートル単位のような比較的大きい物体の世界ではニュートン力学が支配する世界であり、ここでは慣性力が主役です。一方、ミリメートル単位やミクロン単位の世界では慣性力は主役とはなり得ません。

 慣性力は質量に比例し、質量は長さの三乗に比例しますから、サイズが小さくなれば急速に質量が減少し、慣性力が非常に小さくなってしまいます。
○飛んでる体が大きいか飛行速度が速い場合→空気を押しのけようとして発生する慣性力の比率が大きくなる。
○飛んでる体が小さいか飛行速度が遅い場合→まとわりつく空気を振り払おうとして発生する粘性力の比率が大きくなる、という性質があります。

 一般には、飛んでる物体が大きいほど飛行速度も速く、結局大きな物体ほど慣性力の比率が大きくなり、揚力が抗力に比べてずっと大きくなります。逆に、飛行物体が小さくなると、粘性力の比率が慣性力に対して増加するので、揚力と抗力の比率がどんどん小さくなります。
○メートル単位のものは、上手く設計すれば、1kgの力で前方に引っ張ると、約100kgの重さを持ち上げることが可能です。
○センチメートル単位のものは、1kgの力で前方に引っ張っても、せいぜい10kg程度の重さを持ち上げることしか出来ません。
○ミリメ−トル単位のものになると、引っ張る力と同程度の重さのものしか持ち上げることが出来なくなります。
○さらに小さくなれば、もはや、翼(翅)、つまり揚力を使うことを諦めて、タンポポの綿毛のように抗力を直接利用して、風のまにまに漂って、風下に流されていくという、他人任せの移動方法になります。

 つまり、引っ張る力の何倍もの重さの物体を空気中に持ち上げることが出来る時、翼(翅)は飛ぶ手段として広く使われます。抗力のほうが揚力よりも大きい微小物体の世界では、翼の存在は意味がなくなるわけです。
 翼のサイズが変化すると、翼の動かし方も変化します。メートル単位では、揚抗比が大きいため、動物の場合、羽ばたき運動ばかりしなくても、十分遠くまで滑空することが出来ます。
 翼(翅)のサイズが小さくなると、揚抗比が急激に低下するため、羽ばたき運動によって必死に推進力を生み出さないと、すぐに抗力によって飛行速度や飛行高度が低下して、飛ぶことが困難になります。現実に、モンシロチョウなどの飛び方を見ていると左右上下にふらふらと、しかも一生懸命に飛んでいるのを見ると感動さえ覚えます。
 このように、羽ばたき運動を早くすると、翅に対する風速はその分速くなるので、サイズの小さな翅でもその割には、空気の慣性力の比率を小さくしないで済み、揚抗比の低下を少なくすることが出来るのです。蝶は物理法則を上手く利用して飛んでいるわけです。
 小さな昆虫ほど単位時間当たりの羽ばたきの回数、周波数が増えるのも、蝶やトンボがいつも羽ばたいているのも、蚊が羽ばたき運動によって、耳に聞こえるくらいブーンと高い周波数の音を発するのも、すべてこのような理由からです。以上を表にまとめておきましょう。

名  称 大きさ 慣性力 揚抗比 推進力 翼(翅)断面 ニュートン力学
飛行機
鷲、鷹など
メートル単位
主役
プロペラ
ジェットエンジン
羽ばたき
Teardrop型 支配
蝶やトンボ センチメータ単位
主役?
羽ばたき フラット まだ支配
蚊など ミリメータ単位
羽ばたき
動きが速くなる
フラット まだ支配
アザミウマなど それ以下
1mmほど
微小


真正面から見たコミスジ
コミスジを真正面から見たところです。この翅の断面でも時々「スーイスーイ」と滑空します。

 私達が対象にする蝶やトンボは、大きさはセンチメータ単位、慣性力は限りなく小さく、翅の断面はフラットで、したがって揚抗比も小さくほとんど揚力は期待できず、トンビのような滑空などは望むべくもありません。したがって、駆動源(推進力)が止まれば、たちまち墜落の憂き目にあいます。蝶やトンボは羽ばたき運動を早くすることによって、揚抗比の低下を逃れ、自由に飛ぶことが出来るのです。

 虫の飛翔について、もっと詳しく知りたいという方は、ここが参考になりますよ。