ハチはなぜ大量死したのか


タイトル 「ハチはなぜ大量死したのか」
原  題 Fruitless Fall (実りなき秋)
著  者 ローワン・ジェイコブソン(Rowan Jacobsen)
訳  者 中里京子
出 版 社 文芸春秋社
発 売 日 2009年1月27日
ページ数 339p

 本書の原題はレイチェル・カーソンの「Silent Spring (沈黙の春)」が頭に浮かびますが、両者は環境破壊に対する警世の書という共通点を持っています。ところで、本書のタイトルは原題の「Fruitless Fall (実りなき秋) 」のままの方が良かったように思うのですが。
 それはともかく、もう 3年も前の2007年3月1日の「Asahi.com」に次のような記事を見かけました。『全米各地で、ミツバチの巣から女王蜂を除く大半のミツバチが突然消える異常現象の報告が相次いでいる。ミツバチの「いないいない病」と命名された異常現象は昨秋以降、東海岸から西海岸へと広がり、被害地域は20州を超えた。原因は判っておらず、ミツバチに授粉を頼るアーモンドやリンゴなどの収穫にも影響が出るのではないかと心配されている。・・・・・・』というものでした。
 2009年1月に出版された「ハチはなぜ大量死したのか」はミツバチの異常現象を現在の農業の在り方や環境問題とも関連させて多角的な観点から分析を重ねており、多くの示唆に富んだ内容になっています。CCD 『 Colony Collapse Disorder:蜂群(ほうぐん)崩壊症候群 』と名づけられたこの問題、以前から日本でも報道されていたので、耳にしたことがあるという方も多いでしょう。2006年、アメリカ全土でミツバチが大量失踪するという事件の原因解明が、本書のメインテーマです。

 ヨーロッパからの移民が最初に北アメリカに到着した時、彼らは多くの花や果物や野菜を見つけましたが、ミツバチは発見しませんでした。そして、彼らは、ミツバチのいないところでヨーロッパから持ち込んだ普通の作物を50年以上も育てることが出来たのです。ミツバチが新大陸に輸入されたのは17世紀になってからだといわれています。この事実は、花粉媒介が出来る土着の昆虫類が豊富にいたことの証明にもなっています。ところが、これら土着の花粉媒介者達は、森林が開発され、牧場が作られるようになって著しく減少したのです。その代わりに輸入されたミツバチが活躍するようになったといわれています。
 さて、アメリカの大部分のミツバチは、トレーラーの荷台に載せられて1年中全国を駆け巡り、国内の花粉交配に精を出していると言われています。養蜂業者は「蜂蜜」の生産よりも、「授粉のためのミツバチの貸し出し」のほうが収益が大きいからです。
 なぜ蜂が大量失踪(表題のような大量死ではない)したのかという問いかけに対して、
・ ダニ、すなわちミツバチヘギイタダニはミツバチの体液を餌にしているので犯人の一人と考えられる。
・ ウィルス感染が原因だとされたが、その可能性は否定できない。
・ 携帯電話などの電磁波、地球温暖化、コバルト照射なども指摘されたが、まず考えなくて良いだろう。
・ 遺伝子組み換え食物のBt(バチルス・チューリンゲンシス)毒も考えなくて良いだろう。
・ ハチの遺伝子に多様性がないことも原因の一つとして考えられる。
・ カリフォルニアでは、世界中に出回るアーモンドの約 80% が収穫されており、まさに金のなる木なのです。これだけの巨大産業であればどれだけの大量のミツバチが必要かは想像を絶するものがある。それに加えて、アーモンドは同じ木に咲いている花同士では実がならないので、2種以上の木が植えられる。つまり、ミツバチにはそれらの木々を行き来してもらわないと授粉が成立しないというわけである。アーモンドの開花は2月くらいで、蜂はまだ活動期間ではありません。そこで、冬眠させて、温かいところに巣箱を置き、花粉のかわりにシロップを与える。栄養不足や腸内細菌が貧弱になることから、体は弱っている。その上、アメリカ中のミツバチがその時期にトレーラーに載せられて長距離を引き回されてやってきて一斉にアーモンド農園に放たれるので、ミツバチにとっては疲労もストレスも大変なものになるはずである。
・ 夢の農薬といわれる浸透性農薬はハチの方向感覚をなくす原因と考えられる。すなわち、この薬はミツバチに巣に帰る方法を忘れさせ、免疫システムを崩壊させる。これも犯人の一人と考えられる。
など、ハチの集団的意思を狂わせる原因だと思われる項目がリストアップされます。

我が家のキバナコスモスにやってきたミツバチ
人類がこの小さいハチがせっせと集めた蜜を盗み始めたのは6500年以上も前のことだといわれています(本書第二章)。

 ここまで読み進んで来ると、さながら探偵小説を読んでいる気分になります。というのも、「不可解な大量失踪」、「消えた死体」、「容疑者は山ほどいる」など、探偵小説の要素を 殆ど含んでいるからです。
 真因探索は原因を一つずつリストアップして、消去法で考えていきます。 いくつかの「犯人」が挙げられますが、決定的な証拠は見つからず、筆者の結論はこれらのいくつもの原因が複合しているのではないかというところに落ち着きます。
 ミツバチは養蜂業という農業ビジネスと密接に結びついており、本書は高度に工業化された農業が現在瀕している危機に対する警鐘と受け取るべきでしょう。経済性を最優先した結果、最近の養蜂は自然から離れたものになっており、不自然な養蜂は持続性に欠けます。ミツバチを家畜のように飼育した結果が招く「農業崩壊症候群」とも言われる所以です。これは、高い大豆を避けて、安い動物性資料を大量に使うようになった人間の経済論理が、狂牛病を感染症にし、大流行させてしまった問題と非常によく似ています。

 かって、ミツバチには、「蜜を採る」他に、「花を受粉させる」という役目があり、花の開花期には果樹園に借り出されました。これは今に始まったことではなく、昔からあったことです。昔は、養蜂家は蜜を沢山集めることが出来たし、果樹園は受粉してもらって豊作となるため、この時点では持ちつ持たれつの関係で、金銭的なやり取りはありませんでした。
 ところが、大規模営農が始まってから事情が大きく変わりました。この時点で、大量のミツバチが必要になり、売り手市場になって、蜂の貸し出しに料金を取るようになったのです。ここ数年、その価格がうなぎのぼりだそうですが、この貸し出し料金を吊り上げているのは、実はカリフォルニアのアーモンド農園だったわけです。
 このアーモンド農園は3000km2で東京都の1.4倍の広さです。ここにアーモンドの木だけが延々と植わっているわけですから、当然昆虫はいないでしょうし、自然の光景としても異様としか言いようがありません。今、求められているのは多様性です。多様な生息地、多様な生計手段、多様な動植物、そして多様な遺伝子です。
 このアーモンド農園で、限られた資源の奪い合いを強要されて、ミツバチは様々なストレスで、この役割分担のサイクルが崩れ、ミツバチの精妙な社会が混乱した後、その社会は崩壊します。つまり、崩壊直前の巣では、ミツバチは沢山いるものの、その行動に一貫性がありません。巣全体に知性が感じられないというのです。集団として知性を発揮していたミツバチが、人間で言えば、アルツハイマーになったようだというのです。これが、CCDなのですが、大量失踪の予兆は、このように、コロニーの混乱という形で現われます。その後、コロニー全体が崩壊してしまうといっても、ある日突然ミツバチたちが一斉に失踪して消えてしまうというのです。失踪して、ミツバチたちの死骸の無いことが、原因の究明をさらに難しくしています。

 さて、前記の「夢の農薬」ですが、浸透性農薬は植物の種を「イミダクロプリド」に浸してやると、昆虫が植物のどこをかじっても死んでしまいます。この薬剤は
・毒の霧を撒かなくてよい。
・大気や地下水を汚染することが避けられる。
・雨が降るたびに農薬を撒く必要がない。
など農家が大喜びの農薬です。
 しかし、ごく少量の農薬をミツバチの一生にわたって与え続けたとしたら、ハチ達は一体どうなるのでしょうか。この農薬は、ミツバチの方向感覚を失わせる作用があります。これによって、生態系が崩れ、多くの動植物を絶滅に追いやったり、あるいは絶滅の危機に直面させて、結果として人を含むあらゆる動植物に必要なエネルギー源を枯渇させていることを暗に訴えています。すなわち、経済最優先の人間の手前勝手が、ミツバチの世界を破壊し、大量失踪に結びついたと推測することが出来ます。ミツバチの大量失踪は、人間に対する自然界が発した不気味な警告なのかも知れません。

 私達が知っている生態系は典型的な複雑系で、系が多数の要素から成り立っており、それらの間の相互作用が重要であるため、個々の要素の性質が判っていても、全体の振る舞いが予測出来ないのが特徴です。特に、原因と結果の間に「重ね合わせ」の関係が成り立たないような非線形である場合、各々の要素は微小な反応しかしないのに、全体が協同的に働いて大きな変化が起こったりするので、結果を予想するのは非常に困難になってしまいます。
 私達は、天然に存在しない農薬のような物質が生態系の一要素として加わっていることを長い間忘れていたのではないでしょうか。
 人や他の生きもの達がミツバチと同じ運命をたどらないことを祈るばかりです。

 なお、巻末に福岡伸一氏の解説があります。氏は分子生物学者であり、文章は文筆家のごとくうまく、しかも詩的な文章を得意とします。福岡伸一ファンにとっては嬉しい解説です。
 本書は、個々の付録も独立していて面白いのですが、本文は300頁にも満たない内容なので、一気に読む事が出来ます。しかし、考えるヒントが沢山用意されていて、「自分だったらどんな結論を出すだろうか」と思わず考え込むような構成になっています。真剣に考えれば考えるほど、恐ろしい本でもあります。果たして結論は何なのか。下手な推理小説よりも、よほどスリリングな読み物です。

2009.11.9


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