蝶はもっと大きくなれないか 


わしのポンチ絵

 鷲のような大きな蝶はいないのでしょうか。その昔、「モスラ」という怪獣映画がありました。開張が何十メートルもありそうな蛾が出てきましたが、本当に飛べるのかどうか考えてみましょう。
 カブトムシの例では、殻を厚くすることで応力(体に働く力)の問題は解決しましたが、大型化すると内臓や筋肉などを納めることが出来ず、大型化は難しいことが分かりました。
 しかし、「蝶は固い殻に包まれていないから、大型化は可能なのではないか」という疑問が沸いてきます。トンボも蝶と同じく体はカブトムシのような固い殻で包まれていませんから、同じと考えていいでしょう。
 さて、3億年前のトンボ(メガニューラまたはメガネウラ)の翅の長さは70cm程でしたが、6,500万年前には翅の長さは13cmと小さくなって現在のトンボとほとんど変わりません。メガニューラはトンボの直接の祖先ではありませんが、基本的な構造は化石などからほとんど変わっていないということが分かっていますので、倍率5倍くらいの変化はクチクラ(蝶やトンボの体の表面を覆っている物質)の強度の許容範囲であったと思われます。今度は、何が問題なのでしょうか。

 皆さんは夏祭りで団扇(うちわ)をもらったことはありませんか。紙の間にタケかプラスチックの小骨が入っていて、紙だけだとすぐ折れ曲がってしまうのに、曲げてもなかなか折れないように出来ているのに気づかれたと思います。祭り用の大きな団扇を作ろうと思えば、大きさに合わせて小骨を大きくして折れないように工夫します。実は、団扇の小骨にあたるものは蝶では翅脈です。したがって蝶も同じで、大型化すれば飛んでいるときに翅が折れないように構造を変えなければなりません。つまり、曲げようとする力に対抗できるような構造にしなければならないわけです。
 皆さん、蝶の羽化を観察したことはありませんか。羽化してすぐの蝶の翅は短くて紙を手で丸めたようにぐしゃぐしゃしていますが、暫くすると伸びてきて立派な翅になります。支脈は血管が血圧に押されて伸び出して固まったものです。一度固まってしまえば、二度と血液は流れなくなります。つまり、蝶の翅脈は扇子と同じ小骨と考えて良いのです。

物 理 量 蝶・トンボ スーパー蝶・トンボ
長さ L(Length) n=nL
体の体積 V(Volume) n=n3
体重 W(Weight)) n=n3
筋肉や足の裏の断面積 S(Size) n=n2
筋肉が出せる力 F(Force) n=n2
足の裏にかかる圧力 1(Pressure) 1n=np1
曲げモーメント M(Moment) n=n3
弾性係数 n
曲げ応力 p2=M/Z p2n=Mn/Zn
断面係数 Z=bh2/6 n=bnhn2/6

 カブトムシの場合と同じように、ここで使う物理量をいくつか定義しておいて、式も導いておきましょう。ここでも、もとの大きさをn倍したものに添字nを付けます。

 まず、曲げようとする力を曲げモーメントといいます。これをMとすれば
n/M=Fn・Ln/F・L=(Es/E)・n3となります。
 また、蝶やトンボが生理学的に同じ骨格や筋肉を持っているとすれば  En=E ですから、Mn=n3M となります。
 この式は、大きさがn倍になれば、受ける曲げの力はn3倍になることを意味します。
 一方、曲げによる応力はp2n=Mn/Zn:ただし、Z=b・h2/6と翅脈の断面を矩形で近似し、断面は大型化しても相似とします。

n=(n・b)・(n・h)2/6=n3(b・h2/6)=n3・Zより
2n=Mn/Zn=n3M/n3Z=M/Zとなり、翅脈にかかる応力はn倍の大きさになっても変わりません。bとhをn倍にすれば良いだけですが、それだけでも翅脈の断面は大きくなります。また、翅脈の重さは一気にn3倍になります。

 これで問題が解決するかというと、もう一つ問題があります。
 翅脈の間にある翅は、薄い膜で出来ています。飛んでいるときは、引っ張ろうとする力を受けます(p1n=np1)から、もとの大きさの個体に対して、n倍の翅の厚さが要求されます。
 
 
そこで、具体的に数字を入れてみましょう。現在普通の大きさの蝶やトンボの大きさが10倍になったとします。翅脈の重さは従来の1,000倍、筋肉が出さなければならない力は100倍、翅の厚さは従来の10倍となります。
 力が100倍になるのは良いのですが、体重が1,000倍になっていますから、産卵時に尾部を折り曲げたり、飛んだりするときの力が不足するという問題が出てきます。

 もうこれだけでしょうか。気がかりなところが幾つかあります。触覚、頭、胸、腹はどうでしょうか。蝶もトンボも強度部材と呼ばれるものは翅の翅脈と腹部の筋肉位で、どちらも強度の非常に弱いクチクラで出来ています。
 したがって、触覚は長さが10倍にもなれば、曲げがかかり強度不足になります。胸はどうでしょう。胸は形で強度的にはもっているところがありますが、腹からの曲げに耐えられるでしょうか。さらに、それにつながる腹の部分が問題になります。腹の部分は産卵などの様子を見ていると、腹部を曲げて産卵していますから、筋肉らしきものがあるようです。筋肉が出す力は Fn=n2F ですが、長さが10倍になれば、100倍の力は出せますが、ここでも、重さは1,000倍になり、100倍の力では強度的に持たなくなります。クチクラの部分を厚くしてこれにもたせようとすれば、構造上殻や筋肉が納められず、それぞれの機能を果たせなくなります。さらに、全体の体重は1,000倍になりますから、吸蜜時、吸水時、脱皮時、体を休める時など止まったり、ぶら下がったりする足はカブトムシと同じ問題が発生します。

 さて、下の写真は長さ5〜6cmのオニヤンマの抜け殻と羽化に失敗したオニヤンマの成虫です。孫達が見つけたのですが、我が家の前にある3面コンクリートの小さい川からヤゴが出てきて、我が家の塀で羽化したものですが、殻から抜け出して間もなく、ぶら下がっていたヤゴが舗装道路に落下し、その上にとまっていた成虫も一緒に落ちて、まだ固まっていない尻尾の部分が折れ曲がってしまいました。本来ならばエメラルド・グリーンに変わる眼玉も、焦げ茶色のままで、数時間後このオニヤンマは死んでしまいましたが、孫達もとても残念がっていました。この程度の大きさでさえ、簡単に羽化に失敗することがあるわけですから、大型化はちょっと難しいようです。
 

孫の手に乗ったオニヤンマの抜け殻 羽化直後に道路に落ち、尻尾を折ってしまったオニヤンマ。
孫の手の平の上のオニヤンマの抜け殻
体長約5〜6cm
翅はしっかりしてきましたが、数時間後に死んでしまいました。


 
以上のように問題点が多すぎます。構造物の設計に当たって、強度部材の不足や部材の寸法の3桁もの変動は、蝶やトンボの構造を根本から変更しなければならない要素になってきます。以上から、蝶やトンボも、カブトムシなどと同様に、外骨格では大型化には限界があるようです。