パリ万国博覧会と蝶の標本




表1. 1867年のパリ万博に出品された蝶
イチモンジチョウ イチモンジチョウ コムラサキ コムラサキ
ウラギンヒョウモン ウラギンヒョウモン ヒオドシチョウ ヒオドシチョウ
アカタテハ アカタテハ シータテハ シータテハ
モンシロチョウ モンシロチョウ モンキチョウ モンキチョウ
ツマキチョウ ツマキチョウ ルリシジミ ルリシジミ
ベニシジミ ベニシジミ ミズイロオナガシジミ ミズイロオナガシジミ
テングチョウ テングチョウ キアゲハ キアゲハ

 1867年(慶応3年)パリで第五回世界万国博覧会が開かれることになりました。万博の前年には、フランス公使を通じてわが国へ出品の勧誘があったそうです。 
 当時の徳川幕府は触れ書きをして、民間からの出品をすすめる一方、出し物の一つとして日本の昆虫を出品することを考え、物産取調方の田中芳男に虫奉行を命じ、昆虫を採集させました。
 田中芳男は、慶応2年の4月から8月までの5ヶ月間に、常陸(ひたち:茨城県の大部分)、上総(かずさ:千葉県中央部)、下総(しもうさ:千葉県北部と茨城県南西部)、武蔵(むさし:東京都の大部分と埼玉県と神奈川県の一部)、相模(さがみ:神奈川県の大部分)、富士山麓かけて昆虫採集をし、採集した昆虫は絹地を張った56の木箱に入れて出品したそうです。
 1867年というと、「1868年は、いやあ(18)、ロッパ(68)君もう明治だよ」で覚えている年号で、明治元年の1年前で、日本は混乱の真っ只中であったはずです。
 万博開会から2ヵ月半おくれて陳列されたこれらの標本はフランスの昆虫学者の目に止まり、そのリストが学会誌に紹介されたました。
 当時のフランスの昆虫学者の記録を見ると、色々の日本の虫のほかに、表1.で示すような蝶が含まれていたそうです。

 もう31年も前の話になりますが、1970年に開かれた大阪万国博覧会のフランス館で、LNG(液化天然ガス)の国際会議があり出席しました。会場に行く途中で、東南アジアのどこかの小さい国のパビリオンで「アカエリトリバネアゲハの標本」を綺麗な箱に入れて1頭2000円ほどで売っているのを見つけました。買おうか、どうしようかと迷っているうちに、会議の時間がきてしまい買うことが出来なかったことを、アカエリトリバネアゲハの写真を見るたびに、いまでも懐かしく思い出します。
 当時の誇るべき産業も殆どない小さな国というのは、出品するものも少なく、結局上記江戸末期の日本のように、その地の特産の蝶などで誤魔化してしまうしかなかったのでしょうか。